My Journey to Find Happiness

シンプルライフと引き寄せで幸せになる。

2018年、1番悲しかったこと。

誰にも言わず、ブログにも書かず、自分の心の中だけに留めておこうと思っていたのですが、やっぱり書いてしまおう。

なんとなく、どこかでこの思いを吐き出して昇華させないと、次に進めない気がする。

 

2018年、一番悲しかったのは、伊勢神宮への一人旅から帰ってきた瞬間だった。

 

お伊勢さんでたくさんのパワーをいただいたものの、帰りの名古屋から東京に向かう新幹線で、私のエネルギーはみるみるうちに減ってしまっていた。

斜め前のサラリーマンのおじさん集団のお弁当やビールの臭いのせいなのか、単に疲れきっていただけのかは分からない。

ただ、なんとなく憂鬱な気分だったのだ。

 

それでも、東京駅で、寝台列車のサンライズ出雲を見ることができたのが、嬉しくて。

いつかはこの列車に乗って、出雲大社にも行ってみたいなと、ドラクエの薬草とかホイミ程度のプチ回復をした。

 

ところが、電車に乗ると、酒臭い酔っ払いが後ろからもたれかかってきて、さらにイヤな気分になり。

別の場所に移動したりしながら、なんとか家路に着いた。

私より夫の方が、帰宅していた。

 

玄関に入って、電気をつけると、百合の花びらがすべて床に落ちていた。

百合は、私が一番好きな花だった。

 

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(旅行前にカメラを購入し、偶然にも試し撮りしていました。)

 

前日の朝、家を出るときは、まさか次の日の夜にしおれてしまうとは、夢にも思わなかった。

私も息子もいない我が家は、こんなにもエネルギーが下がる空間になってしまうのか。

(泊まりがけの学校行事に合わせて、私は旅に出た。)

 

人間も生物も、ある日突然、死に襲われることはあるものだ。

残念だけど、しおれてしまったことは、仕方がないこととしよう。

 

ただし、床に落ちた花びらを見なかったことにして、そのまま放置するという行為は、どうしても許せなかった。

 

リビングに入ると、今度はハムスターのトイレの臭いが鼻についた。

お水とペレットは交換したようだ。

しかし、トイレ砂を交換したり、ケージ内に散らばっている糞を取り除いたりはしていなかったのだ。

 

食事さえ与えておけば十分だとでも思っているのだろうか。

住環境を整えるという概念はないのだろうか。

 

怒りを通り越し、私はただただ悲しかった。

 

この人は、私とは違う次元で生きているのではないかと、ふと思った。

「生」に対する考え方が、あまりにも違いすぎる。

 

今は、子育てのパートナーとして、共に生活している。

しかし、あと6年か8年すると、息子は大学や大学院を卒業し、社会人になるであろう。

 

そのとき、私は夫に対し、人生のパートナーと考えられるのだろうか。

なんだか見ている景色が違いすぎて、正直なところ自信がない。

 

 

しょうもない話に最後まで付き合っていただいたみなさん、ありがとう。

来年は、新たな気持ちで生きていこう。